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「写真」って何だろう、と自分に問いかけてみる

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『自然と水滴』をテーマにしたフォトコンで、宙玉レンズ(およびそれ系のアプリでの加工)作品と思しき投稿を見かけ、『え、それはちょっと反則じゃない?』と感じたとともに、『あれ、でもこれってアリなのかな??』と思い直して、いろいろ考えていたら、そもそも「写真」って何だろうな(どこまでが写真なんだろう)という根本的な疑問にぶつかった。

「写真」って何だろう

とりあえず、テーマにおける『水滴』ではないのが気になる。*1

また、件の投稿写真につけられていた『空中で落ちてくる水滴を撮りました』って感じの説明文は、不誠実に感じた。

・・・

ただ、宙玉は、水滴を通して見える世界を擬似的に再現しているわけで、コンテンストの趣旨から外れているかと言うと、実は外れていないのではと思い直した。

『加工や現像がどこまでありでどこからがアウトなのか』は難しい線引きだし、『そもそもそこに線を引く意味があるのか』という根本的な問いが横たわっていそうだなぁと。

「写真」は撮影者の自己表現の手段である、要するに、「絵」を書くことや「文」を書くこと、「音楽」を奏でること、その他数多ある自己表現手段の1つ、という原点に立ち返るなら、

『表現手段に良いも悪いもない(自分がやりたいように、やればいい)』という話にならざるを得ない。

件の写真も、『空中で落ちてくる水滴を撮った』ように見せることで写真を見る人を驚かせたい、という意図での行為と考えると、なるほど、「写真撮影から"説明文"にいたるまでキッチリ作品を作り込んでいる」のだなぁと全然違った風に見えてきた。

良いとか悪いという判断をするなら、『その場に課されたレギュレーション違反かどうか』という1点においてのみ可能という気はする。

つまり 今回のように運営がレギュレーションを指定していなければ、良いも悪いもない…。

・・・

加工も一般的になっている現代においては、「写真」という概念は、「写真」ではないなにか別の単語を割り当ててもいいくらいに概念が意味するところが膨らんできているというか、変わってきているのではなかろうか。とぼんやり思った。

宙玉レンズ系加工アプリ

まぁ、そんなことはさておき、自己表現の幅を広げるためのテクニックの1つとして宙玉レンズはアリだなと認識を改めたので、ぐぐってみたら下記記事にまとまっていた。

igfan.jp

MarbleCam、スフィアレンズが良さげかな。

この記事を見ると流行ったのは、2012年頃…。随分前だなぁ…。

・・・

今でも本家、宙玉レンズはキット販売している模様。本家が元気なのはなんだか心和らぐ。

*1:水滴と違って重力に引っ張られないので、輪郭が真円すぎる。水滴と背景との距離感を考慮すると、背景のボケ具合が異様に大きい。水滴ぽい真円のものへの、風景の映り込み方が綺麗すぎて不自然。などなど気になる点が多い。