少し前に『PENTAX-D FA★85mm F1.4はSIGMAのOEMの可能性がなしよりのあり?』
という記事があったようで元記事を読んでみたのだけど…『これは元光学系研究者としての知見が試されているっ!!』という謎の使命感が湧いたので考察してみた。
最初に
海外の元記事自体は、OEMの可能性について指摘しているものの、その根拠は弱いと考えているようで、『似てるけどたぶん違うわ』という結論で締めくくられています。
そんなわけで上記記事に対して別段反論することを目的としたわけでもなく*1、この記事は、レンズをつくる側の視点*2からOEMかどうかを検討してたら面白そうだから、思考実験してみた、という感じの位置づけです。
推測の根拠が合理性を欠く理由
スペックの類似性はよくある話の範囲
根拠の1つとして、『最短撮影距離(最大撮影倍率)と最小絞りが同じで、サイズがほぼ同じ』という話なのだけど、
製品名 | レンズ構成 | 最短撮影距離(m) | 最小絞り | フィルター径(mm) | 最大径×長さ(mm) | 重量(g) |
---|---|---|---|---|---|---|
PENTAX-D FA★85mm F1.4 | n/a (スーパーED×3, 非球面x1) |
0.85 | 16 | 82 | 95x123.5 | n/a |
SIGMA 85mm F1.4 DG HSM | 12群14枚 | 0.85 | 16 | 86 | 94.7x126.2 | 1130g |
SONY FE 85mm F1.4 GM | 8群11枚 | 0.85 (AF) 0.8 (MF) |
16 | 77 | 89.5x107.5 | 820g |
CANON EF85mm F1.4L IS USM | 10群14枚 | 0.85 | 22 | 72 | 88.6x105.4 | 950g |
ZEISS Otus1.4/85 | 9群11枚 | 0.8 | 16 | 86 | 101x141 | 1200g |
ZEISS Milvus1.4/85 | 9群11枚 | 0.8 | 16 | 86 | 90x113 | 1280g |
最近出た85mm F1.4のレンズ*3を見比べてみると、たしかにSIGMAのレンズが一番ニアピン。
話はそれるけど、SONYは、レンズ開発の根幹に関わる加工技術の研究・開発ができるだけあって、さらに半歩くらい進めて小型化を推し進めている感じだなぁと。こうやって見比べてみると、レンズ8枚で他社並の光学性能は驚異的というか、たぶんこれ、1枚入っている非球面レンズ*4がかなり良い働きをしてるんじゃなかろうか。他社が利用している一般的な加工技術では実現できないレベルで、非球面レンズに大きな曲率や複雑な表面形状がつけられていると予想。閑話休題。
スペックに関しては、ポートレートレンズ(85mmの大口径)として一般的すぎるので、光学系同一の根拠とするのは厳しいかなと思う。レンズのコンセプト検討段階で、他社に比べて大きく見劣りするようなスペックにするとは思えないし、だいたいこのあたりのスペック(最短撮影距離・最小絞り)に落ち着くように思う。
外形は全体像しか似てない
『形状が似ている』という指摘もあって、たしかにサイズ感(最大径・長さ)は近いのだけど、フィルター径が小さいことからも分かるように、PENTAXの85mmは先端部を絞った形になっている。
また最大径の部分(ピントリングの位置)と、径が小さくなっているマウント側との境界面の位置(くびれ位置)がずれており、また形状も違っている。その他、形状面では、PENTAXの鏡筒はマウント側端部も絞られている。
仔細な違いに思えるかもしれないのだけれど…、この違いはレンズ鏡筒内の内部空間の広さに直結する。内部空間の広さ・形が変わってくると、その中に収められるメカ(AF駆動機構や絞り機構)もレンズ構成も変わってくるので、この差は無視できない。
SIGMAのレンズ構成では、前面にいくほどレンズ径が大きくなること、最後部(マウント側端部)のレンズ径が比較的太いこと、また、くびれ位置に絞り機構が入っているので、くびれ位置が前面に移っているPENTAXの鏡筒内には上手く入らないように見える。
加えて、致命的な違いとは言えないけれど、内部配線やメカの配置に影響するスイッチ類の場所やサイズも異なっている。
レンズ構成(光学系)が異なる
PENTAXのプレスリリースには、『スーパーEDレンズ3枚と非球面レンズ1枚』で収差を抑えていると記載されている。
一方、SIGMAはSLDレンズ2枚*5と非球面レンズ1枚が売り。
使われている特殊レンズの組み合わせは、レンズのコンセプト(どうやって諸収差を抑えるか、という設計コンセプト)に直結するので、ここが異なる時点で同じ可能性は限りなく低い。
・・・
使われている特殊レンズの組み合わせ的にはSONYの85mmがかなり近い線をいっている。*6
DFA★85mmに関する予想
光学系について
予想としては、SONYの85mmと設計のコンセプトが似たオリジナルのレンズ。コンセプト的には、複数枚のEDレンズで諸収差を出来るかぎり整えて、とりきれなかった収差を非球面レンズでガッツリ抑え込む感じ。
使っているレンズに関しては、SONYの85mmは、SONY独自の高精度非球面レンズ(おそらくは、自社開発の超高精度のレンズ加工技術)を用いているのに対し、PENTAX側は一般的な非球面レンズと思われる*7。その分、SONYの85mmが通常のEDレンズに対して、より光学性能に優れたEDレンズを贅沢に3枚使っているのではなかろうか。
というわけで、PENTAXの85mmのレンズ構成は
- 一般的に入手可能な精度の非球面レンズ
- 一般に入手可能な中で、(SONYのGMに用いられている硝材より屈折率高めの) EDレンズ3枚
の組み合わせと予想。
また、レンズ枚数はSONYの8枚より多くなり、SIGMAの12枚に近いと思われる。スーパーEDレンズを3枚とのことなので、予想では、SIGMAよりも少ない 10~11枚の構成。
描写性能について
光学性能的には、DFA⭐︎50mmに比類する十分な性能を備えることは言わずもがな。
個人的興味としては、ポートレートでの利用が主眼のレンズなので、DA70mm limitedみたく意図的に特定の収差を残したりするのかなというところにある。いや、limitedシリーズじゃないから、そんなことしない可能性が高いのだけど…
PENTAXの会報誌(208号)に、85mmの試作レンズの作例(というより、試作レンズを使ったポートレート写真の特集)が載っているのだけど、これをみた感じ、諸収差が抑えられて、軸上色収差も見事に補正されて全面に渡ってクリアな描写。
それでありながら、ピント面の輪郭部(輝度差が大きい箇所)には、注意してみないとわからない程度にうっすらマゼンダのフリンジが見える。
その効果で少し柔かな、ポートレート写真として好ましい印象を受けるのだけど、これが意図的なものか試作品だから追い込みきれていないのか*8、気になるところ。
・・・
どう設計したらこうなるんだろうと一瞬悩んだけど、ピント面の収差をごくわずかに残して(fixして)、軸上色収差をどんどん無くしていくように設計パラメータを探索したのかもしれない。
*1:いや、最初はカウンター記事を書かねばと思ったのだけど、結論を見てズッコケて真面目にやる気がなくなった。
*2:カメラレンズの開発に関わったことはないので想像上の視点です
*3:最近のレンズ設計のトレンドを見ると、レンズ枚数を増やして、諸収差とくに軸上色収差をガッツリ抑える流れなので、その特徴が見られるレンズのみ集めた。DFA★85mmもサイズやプレスリリースの文言を見る限り、その流れに乗っているように見える。
*4:SONYは「超高度非球面XAレンズ」と呼んでいる
*5:SLDレンズは、一般的なスーパーED/EDレンズ相当
*6:誰も期待していないと思うのだけど、SONYは特殊な非球面レンズが売りで、スペック的にも鏡筒のサイズも違いすぎるので、OEMの可能性はない。
*7:独自のレンズ加工技術を持っているという話は聞かないため
*8:発売予定時期を考えると設計は終わっていて、量産テスト段階ではという気もする。