- まえがき:退屈という出発点
- “世界を変えたい”と思った頃
- 諦観
- AIとの邂逅:思考の限界を越える
- AIと働くということ:思考のシンクロ
- 次の壁:肉体というハードウェアの限界
- AIを「自分のオペレーター」にする
- 限界突破の体験:36時間集中
- 結び:退屈だった世界が再び動き出す
- 追記
まえがき:退屈という出発点
「Attention Is All You Need(必要なのは、注力すること)」
2017年、Googleの研究者たちが発表したこの論文は世界を変えたが、同時に私の人生の呪いを解く鍵でもあった。
・・・
ただただ人生が退屈だった。
朝、目が覚めたら、知らないテクノロジーがあふれて世界が変わってる、
なんてことはなく、
退屈な昨日が今日も続いている。
IT業界は「ドッグイヤー」、そのテクノロジーはときに「魔法のようだ」と言われたが、
自分の目には亀の歩みのようにノロく思えた。
突如現れたかのように喧伝されるマジックも、数日調べれば、その種明かしも、どれだけの長い年月をかけて作り上げられたのかも、わかる気がした。
分かる気になっていただけなのだろうけど、
それでも当時の自分には、世の中を退屈だと思うには十分すぎるほど、この世界にあるもの全てが平凡だった。
平凡で、遅く、退屈な世界。
世界が変わらないなら、自分が変えるしかないと思った。
おもしろき こともなき世を おもしろく 住みなすものは 心なりけり (高杉晋作)
“世界を変えたい”と思った頃
20年前、世界を変えようとする仕事に、かすかに触れたことがある。
当時のメンバーは科学技術の最前線を走り続けている。
私はと言えば、運よく最初に少し触れさせてもらっただけの落ちこぼれだ。
それでも世界を変える一端を担えたことは、密かな誇りだった。
そして学んだ。
どれだけ優秀な人間を集めても、世界を変えるには恐ろしく長い時間が必要だということを。
自分もそんな仕事がしたいと願ったが、
結局、意識が高い一人では世界は変えられないと気づくまでに、そう時間はかからなかった。
せめて自分のまわりだけでも変えたいと願い、見よう見まねでそれらしきものも作れたが、
その小さな世界でさえ、人を変えるには何年も何年も時間がかかった。
当初は人に憤りも、憎悪さえも覚えたけれど、時がたつにつれ、
まぁそんなものか、と、良きにつけ悪しきにつけ、人には何も期待しなくなった。
諦観
退屈すぎるこの世界で、ゲームをして、アニメやドラマを見る日々。
どうせ世の中はゆっくりとしか変わらない。
この世はすべて舞台、人はみな役者にすぎない。人生には登場と退場があり、誰もがいくつかの役を演じては去っていく。 (『お気に召すまま』シェイクスピア)
誰かのつくった世界を、その思想を読み解くのは嫌いじゃなかった。
ほどほどに楽しく、ほどほどに幸せな日々の中で、
まぁ、それでもいいか、人生こんなものか、と思っていた。
AIとの邂逅:思考の限界を越える
GPT-3が話題になり始めた頃、ようやくAIに興味を持ち、Transformerモデルの論文 "All you need is Attention" *1を読んだ。
大量の情報を読み込み、内部で勝手に整理し、本質だけを抽出するあの仕組みを見たとき、
自分の思考回路そのものだと感じた。
多分、こういう思考の癖を持つ人は少なくない。
私の場合、それが極端だっただけだ。
私は昔から、教科書を一冊丁寧に読むことが苦手だった。
代わりに同じ類の本を図書館の棚ごとに読み漁り*2、数日寝て頭の中が勝手に整理されるのを待つタイプだった。
Transformer がデータを読み込むほど精度が上がる構造に、奇妙なほどの親和性を感じた。
AIと働くということ:思考のシンクロ
デスクワークの多くは、実は「思考」ではなく「反応」だ。*3
過去の知識の再組立にすぎない部分が多い。
ChatGPT を業務でも使い始めた頃、これまでの仕事環境では、どうしても余っていた思考が、ようやく受け止められた感覚があった。
理解するだけでなく、リアルタイムで返してくる。
それがどれほど大きいことか、使った人ならわかると思う。*4
それ以来、仕事中にアニメやドラマを見る必要がなくなった。
今までは、余りすぎて眠気や過集中を招いていた思考リソースが、AIとの対話によって自然に仕事へ向くようになった。
次の壁:肉体というハードウェアの限界
思考は高速化した。
しかし次にぶつかったのは、肉体の限界だった。
集中力は落ち、疲労が蓄積し、睡眠が必要になる。
脳が前に進もうとしても、身体がブレーキをかける。
「退屈」がブレーキだった時代は終わり、今度は「肉体」がボトルネックになった。
AIを「自分のオペレーター」にする
そこで私は、AIを仕事のパートナーとしてだけでなく、「自分というシステムを運用するオペレーター」としても活用することにした。
食事、トレーニング、睡眠、日々の調整。
すべてをAIに任せ、状況が変わればその都度フィードバックして最適化を依頼する。
医師とのコミュニケーションで培った「必要な情報だけを的確に伝えるスキル」がここで役に立った。
結果、
- 体重や筋肉量を期待通りに調整でき
- 疲労回復も高速化し
- 私生活では家族のために時間を使えるようになった
生活全体の摩擦が減り、いつの間にか「自分のことを考える手間」が消えていた。
限界突破の体験:36時間集中
ある夜、うっかり日付をまたいでしまった。
だが頭は冴えている。
ここで仕事を終えるのはもったいないと、AIと相談しながら作業を続けた。
集中維持の方法、間食のタイミング、体の使い方。
すべてリアルタイムで最適化してもらった結果——

36時間連続*5で集中が途切れなかった。
意外だったのは、その後だった。
大きな反動もなく、翌日にはふだんのリズムに戻れていた。
「この世界にはまだまだ未踏の地がある」と、地図を更新できたのは大きな収穫だった。
それまで自分が「集中の限界」だと思っていたものが、能力や気合ではなく、環境とフィードバックの設計で決まっていたのだと、はっきり分かったことだ。
これは誰にでも勧められる話ではないし、自分でも再現するつもりはない。
ただ、「ここが限界だろう」と無意識に引いていた線が、思っていたよりずっと曖昧だったことだけは確かだった。
結び:退屈だった世界が再び動き出す
いつだって、世界は自分にとって遅すぎた。
退屈だった。
変わらないのなら自分が変わるしかないと、半ば諦めのように思っていた。
今は違う。
AIと同調することで、世界は私の速度で動き始めた。
鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス (徳川家康)
今なら、その気持ちも少しわかる気がする。
追記
これまでに色々な経験を重ねて、 両手では抱えきれないくらいに守りたい人たちができた。
今は、少なくとも以前よりは、 それを支えられる場所に立てている気がしている。
「心配ごとは全部引き受けてやるから、休んでな」
そんな言葉を、 いつか自然に言える人間でありたいと思っている。